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自己申告制出産  05/05/2010  
4月28日23時過ぎ。

夫は当直で不在の夜。 
テル&ハルが寝た後、溜まっていたTV番組の録画をひとつづつ観ていた。
眠くなってきたのでそろそろ寝るか、それとももう1つ録画を観てしまうか迷いながら
ソファに横になっていると、

”プチッ” と、お腹の上の方で何かが弾ける音がした。

「え?今、プチっていったよね??」 と明らかにお腹の中から聞こえてきた音であり、
これまで体験したことのない音&その感覚を不思議に思っていると、
ジョワーッと下から何かが漏れてくるのを感じた。

「もしや。これって破水では?」 と、急いでお手洗いへ。

未知であり未経験ではあったけれど、『きっとこれは破水。』 と確信。

テルとハルの出産時は、おしるし⇒陣痛⇒出産 という流れを踏んでいて、
どちらも明け方に架橋を向かえていたので、当然今回もそうなるであろうと勝手に
思い込んでいた私は、”破水から始まる出産”は一ミリも想定しておらず、
しかももう眠ろうとしていた時だっただけに、シーンと静まり返った家の中で1人
うろたえた。。

全くもって出産に気持ちが向いていなかったところでの破水だったので、
現実逃避するかのように、とりあえず着替えて、そして何故かPCに向かい、
GOOGLEで”破水”を検索してみたりした。

すると、どのサイトにも
『出来るだけ早く病院へ連絡して、病院へと向かいましょう』
と書かれていた。

「ですよねー。」 と小声で呟いた私。

それでも往生際悪く、PCへ向ったついでにTwitterでつぶやいてみた。
『私、もしかしたら破水したかもしれません・・』

すると、有り難いことに、沢山の方からアドバイスが!!
『それは大変! 早く病院へ行ってっ!!』
「急いで病院へ!!」

1人で心細かった私にとってとても心強い応援だった☆
さながら、電車男のチャット状態。
彼がサイバーフレンドから勇気をもらっていた気持ちがとっても
良くわかり、しみじみとその有難みを味わいつつ、腹部への鈍い痛みに
よって、はっ!と我に返った。

「これは覚悟を決めねば!」と、まず夫に連絡。
「さっき破水したみたいなのでこれから病院へ連絡して、向かいます。」

呆気にとられている夫との電話は早々に終了させ、次に病院へ連絡。
「11時過ぎ頃破水しました。」
状況を説明すると、直に病院へ向うよう指示出しあり。

テルとハルのケアを頼む為に最後に母に電話。 車で10分弱の距離に住む
母は直にこちらへ向うとのことだったので、私は取り急ぎ必要な荷物を
バッグに入れて、タクシーをつかまえに外へ。

飛び乗ったタクシーの運転手に
「〇〇病院へ向ってください。」
と言うと、
「〇〇病院ってどこにあるんでしたっけ?」
とありえない答えがっ!!
わが家から〇〇病院までは車で数分の距離であり、そこへの道を知らない
運転手が、タクシー乗り場で客待ちをしていること自体腹立たしいと
思った。 (ハリセンを持っていたらさぞかし大活躍だっただろうに・・。)
ただでさえもテパリ気味な私だったので、その頼りない運転手に怒りをおぼえたが、
他のタクシーへ乗り換える気力も余裕もなく、私が道をナビして何とか
病院へ到着。
4月29日0時15分。

深夜だったので、玄関で待っていてくれた係りの人と共に産婦人科病棟へと
向った。

「オダギさんですかぁ~?」と、出迎えてくれた助産士は、何とも頼りない感じ
で(失礼!!)、これから出産する私としては若干の心細さを覚えた・・。
彼女が私の担当助産士ということで、産後まで私と彼女の間には微妙な温度差が
存在し続けることとなるとはこの時はまだ知らなかったわけで。。

「破水されているので、LDRで入院となりますぅ。」と、助産士。
LDRへ直行することになった。
「これから、赤ちゃんの様子と子宮の収縮具合をモニタリングして、その結果をもって
今後の方針を相談させていただきますね~。」
と、いうことでNSTの準備に取り掛かった助産士。

結構な傷みを感じていた私は、何となくそんな悠長なこと言っている場合じゃない気が
するなぁ。。と動物的感性をもって感じていた。 即出産になりそうな、そんな気配すらも
感じていたのだ。
それに破水した為か、痛みが強い気がしていた。 強い痛みが来ている旨は伝えたが、
「まずはモニタリングしてからぁ・・」 ということで、広い部屋のど真ん中にあるベッドに横にされ、
NSTを装着した私は、独りポツンとLDRに放置されて、NSTのモニターと睨めっこ。
4月29日0時30分。

何度か大きな痛みの山を経験した後にモニターにパッとデジタル表示がついた。
陣痛間隔 1分26秒

陣痛間隔、1分26秒って、もう産まれますっ!!っていう時の間隔だよね?
え? 出て気ちゃうんじゃないの?
ちょっとー!! 助産士さーんっ!!!! 放置はまずいんじゃないのーっ!!!!
ちゃんとモニタリングしてますかーーーーーーーーーーーーーーっ!!!!!!!

と、心の中で叫んでいた私。

そんなのもつかの間のことで、次のタイミングでは超激痛に襲われ、脂汗がダラダラと出て、
ベッドの上でもがき苦しんだ。
どうにもこうにも痛く、どうしようもなく・・・。
でも誰も来てくれず、放置状態。

ナースコールを探すも、それは遥か遠く離れた壁にキレイに丸めてかけてあり・・。

力を振り絞って
「すみませーん!!!」「だれかー!!!」
と叫ぶも、無反応・・。

病院の中で、しかもLDRにいるにも関わらず何故か独りでのお産を覚悟した私。

冗談のような本当の話。

ようやく例の助産士、登場。
「どんな感じですかぁ~?」「結構痛み強まってますかぁ~??」

結構痛みが強まっているかだと??
痛くてもがき苦しんで、汗だくになっている私の姿が目に入らないとな??

と心で叫びながら、
「すごく痛くて。もう生まれそうです!」
と、的確に状況説明した私。 偉いっ!

「では、内診してみましょうかぁ~?」
と、今更内診とかいいだした助産士。 ありえないっ!!!  ということで、

「本当に、生まれそうなんですっ!!!!」
と、渾身の力を振り絞って叫んだ私。

ようやく、状況を察した助産士は、慌ててナースコールを連打して応援要請。
「お産です! お産が始まりますっ! ドクターお願いします!」

やっとかよ・・。 と心の中でつぶやいた。


そんなこんなでいざ出産へ!!
4月29日0時45分。


フーッフーッっと呼吸(テル&ハル出産時にこれのみでこなしたので)していると、
助産士からアドバイス。

「呼吸はハーッハーッでいいですよ。」
「手はお胸で。」

エッ???
手はお胸って、お遊戯会ですかっ!!!!

と大声で突っ込みを入れたかったが、激痛を呼吸によって逃すのが精一杯で、
そんなことできる訳もなく、心の中で声を大にして叫んだ。
それでも、律儀な私は、言われた通りの呼吸と”お遊戯会ポーズ”(手はお胸)を
試してみた。
そして、それらを秒殺した。

理由は以下の通り。

・ハーッハーッという呼吸は、酸欠になりそうになる上に喉がカラッカラになって
 持続性ゼロ。

・”お遊戯会ポーズ”は論外。 そして意味不明。
 産院から手渡された入院着を引き裂いても良いというのなら少しは理解できるけど。


と言うわけで、これまでの経験値から最も使えるであろう”フーッフーッ”呼吸に
戻し、分娩台の側面にあるはずのイキミ用のバーを探し始めた。
が、バーは見つからず。。。 
でももう言葉を発することはできない状況だったので、ベッドの側面を何とか握りしめ、
1度か2度、イキミたいタイミングでイキんだ。

「もう頭出てきますよ。」
と声がかかり、
「はい。頭でてきました。」
との声が聞こえ、
「あとはゆっくりと深呼吸していてください。」
との声と共に「オギャ~ッ!!!!」と大きな泣き声が聞こえ、bebe誕生!!!
声も身体も大きな元気な男の子♪

4月29日1時3分☆

胎盤全摘出 4月29日1時11分。


あまりにあっという間の出産だったので、後処理の時間が長く感じられ、
しっかりと痛みも伴ったような気がした。

カンガルーケアをした後、兼ねてからの希望であった胎盤を見せてもらうことに。
想像していた以上に大きく立派なもので(平均の1.5倍~2倍あると言われた・・)、
思わず写真をとった。

「胎盤の写真を撮った人は初めてですぅ~。」 と助産士。
「でしょうねぇ。 しかもbebeの写真よりも先に撮ってますしねぇ。」と私。


そんなこんなで2時間その場でクールダウンした後、助産士に促されて夫に出産報告。

私:「2時間前に生まれたよ。」
夫:「へっ?? もう生まれたの? え? すごいっ!」
私:「うん。もう生まれたの。」
   ~ 家を出てから出産までの状況を簡単に説明 ~
夫:「すごいなぁ。 たくましいなぁ。」
私:「たくましいというか、やらざるを得なかったからそうしたまでで・・。」
  「というわけで、またね~。」

その後母にも報告。


第3子出産は想定外の破水から始まり、自己判断&自己申告な感じでの出産で幕を閉じた。


いやぁ、でも実際陣痛が始まってから出産までは30分程度であり、あっという間だったので
破水があってよかったとシミジミと思う。

皆様、沢山の応援メッセージ&お祝いメッセージありがとうございました!!
お陰様で、無事出産することができました☆☆☆


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ありがたい限りです☆  04/28/2010  
明日からGWに突入! ということで、帰省する友人や旅行に行く友人から
ゾクゾクとメール  が。

内容は

「明日から1週間〇〇〇へ行きます。 その間に生まれてしまうかな?
 何はともあれ、生まれたら連絡してね♪」

といった感じのもの。

出産が間近だということを気にかけてくれているということが、嬉しいっ 
そして、何とも有り難い限りです。

本当に、皆様ありがとうございます!!!

生まれた暁には即連絡します 



「生まれたら連絡するね~」 が最近の別れ際の挨拶の定番となっている私。



本日久々に顔を合わせた夫を送り出す際にも、

「じゃあ、生まれたら連絡するね~ 

と、ニコヤカに微笑んだところ、

「当たり前だろっ! とういうかその前に連絡でしょっ 

と、返された。

確かに・・・。 陣痛始まったらまず連絡だわね。。。 そうだったそうだった。
あまりに久々に会ったもので、出産の立会いは勿論のこと、その後のフォローへの
期待も薄れてしまっており。
ついつい、友達感覚な挨拶をしてしまった・・・


今回はどんな出産となることやら。
全くもって予測不可能となって参りました。
我ながらワクワクドキドキ。

皆様、乞うご期待!!

日常のひとコマ | 出産  | TB(0)  | CM(0) | Page Top↑
超スピード出産!!  05/05/2008  
4月29日AM5時過ぎ。 
腹痛で目が覚めた。
生理痛のようなそんな痛みで、目が覚めた位なのでそれなりに痛い。。
最近の起床はAM7時で、まだ2時間もあるので、気にせず眠りに就こうとしたが、やはり痛い。
気分を変えてみよう、と思いお手洗いへ。
”おしるし”らしきものがあった(”おしるし”とは出産の兆候を知らせると言われているもので
これがあると出産が間近だと言われている)。

それでも尚、二度寝を試みようとベッドへ横になり、定期的に続いている痛みを堪えながら
携帯電話のカレンダーを眺める。
「もし、これが陣痛なのだとしたら、多分今日産まれる訳で、4月29日生まれだから
シニクエンの日に産まれたことになるのかぁ。。。 歯肉炎。。。 微妙だな。」
と、良くわからぬ方向へ思考が向かう。

うっ・・・・。
やっぱり相当な痛みなような気がして、横になっている場合じゃないと我に返る。
まだ病院へ向かうような準備(入院体制)が全く整っていない!

【この時点で最低限やらねばならなかった事】
・入院時必要な物のパッキング
・分娩時必要な物のパッキング
・坊を預ける為の準備(坊の荷物のパッキング)

もし、この陣痛と思われる痛みが未遂で終わったとしても、上記は近々やらねばならない事
なので今やってしまおうっ!と、眠気を我慢&痛みを堪えつつパッキング士気を高め荷造りを始めた。

その合間に夫へメール。
”陣痛らしきものが始まりました。 いよいよかもです。”

仕事の関係で、この日は朝帰宅することになっていた夫への携帯メール。
この時点では、自分でも陣痛かどうかの見分けが出来ておらず、現実逃避した気持も
あったのか、呑気な感じのメールだった。

ゴソゴソと荷造りをしている間にも痛みは続き、痛みは増し、その間隔は縮まってきて
いるように感じる。
いよいよ危機感を感じ(遅い?!)、夫の携帯へ電話。
[プルルルルル プルルルルル プルルルルル ・・・ プルルルルル ・・ 留守番電話サービス・・・]
出ない。。
何度かかけても留守番電話に切り替わってしまう。。
「もしや、寝ているのか???
私は今一大事だよーっ!!!! 寝ているのかい?? おーーーーーーいっ!!!」
心の中で声を大にして叫ぶ。 
勢い余って無声音状態でムンクの叫びのポーズをとってみる→
子供部屋からは坊の大きな寝息がスーッ、スーッと平和に鳴り響く。
夫は寝ていて連絡取れず。 坊は何も知らずに爆睡中。 私は独り痛みと戦いながら荷造り中。

ウギャーッ!!

どうする?どうなる?どうなの?どうでしょ?

早朝で、あまり頭の働いていない中、マルチタスクで家中を動き回る。
自分の荷造り→坊の荷造り→陣痛の時間をメモ→夫の携帯に電話→デジカメ充電
→坊の朝ごはんの準備→夫実家への坊の申送り事項をメモ→

ガチャッガチャッ。
夫が涼しい顔で帰宅。

夫:「あ、起きてたんだ。ただいま~」
私:「携帯、見てない??」

夫、携帯を確認。

夫:「えっ、あっ、陣痛きてる?? ゴメン!! 全然気付かなかった。」
私:「いや、今帰ってきてくれてよかったよ。 寝ていて電話に気付かないのかと思ってた。」
夫:「何分間隔?」
私:「10分位。定期的に続いているから多分陣痛だと思う。」

2人で相談して、坊は私の実家(車で数分の距離)へ一先ず預けようということになる。
それぞれが自分の実家に連絡。

そうこうしているうちに坊が起きた。 何も知らない坊はいつもの様に朝からご機嫌で鼻歌交じり。
朝ごはんをモリモリと食べる。 そして何も知らされぬまま私の実家へ夫が送っていった。
バイバーイ!と元気に手を振る坊と暫しの別れ。

私はいよいよ準備が終わり、病院への荷物を全て玄関に置き、携帯電話に病院の番号を表示し、
診察券を握り締め、夫が帰って来次第病院へ連絡し、向かおうと、強まる痛みを堪えながら
ひたすら帰りを待つ。
痛いっ! そして今まで見たことのない形にお腹が変形し、硬くなっている。
お尻を内側から強く押されるような感覚があり、それを堪えるのが精一杯。
変な汗が出てくる。 坊の時に感じた痛みとはまた違っているような気がする。
うううっ。。。 早く帰ってこないかなぁ。 と時計を眺める。
車で数分の距離なので往復しても15分位だろうと見積もっていたのだが、かれこれ30分近く
経過している。 ひょっとして事故?? と、心配になり、夫の携帯に電話。
[お客様のおかけになった電話は、電波の届かないところにあるか電源が・・・]
また繫がらない。
痛い!帰ってこない!繫がらない! 痛い!帰ってこない!繫がらない!
私の中で負の3拍子が連呼され、こだまする。
早く帰ってきて~っ!!!!

ガチャッ。ガチャッ。
再び涼しい顔で夫が帰宅。
手にはコンビにの袋。 スポーツ新聞が顔をのぞかせている。

私:「何? 遅くない?? かなり辛いんですけど。」
夫:「あ、食料調達してきたよ。」
私:「・・・。」 (なーぬぅううううううっ!!! 呑気に食料だとおおおっ!!!)←心の叫び。
私:「病院に電話して、もう向かうよ?」
夫:「うん。」

ドタバタ劇が過ぎ、ようやく病院到着。 病院も実家同様に車で数分の距離。
この時点での痛みも相当だったような気がする。
「これ、かなり痛いような気がするよ! なんか辛いもん」
と夫に痛みアピールしつつ病棟へ向かう。
ロビーで助産士が迎えてくれた。

助:「痛み、大丈夫ですか? 今何分間隔位ですか?」
私:「大体10分間隔位だと思います。 お尻を押される感覚が強くて、それを堪えるのが結構
   大変です。」
助:「そうですか。お産が進行しているのかもしれないですね。お小水取れそうですか?」
私:「あ、はい。大丈夫です。」

手渡された紙コップを持ってお手洗いへ向かう。
しかーし、手元がブレて、紙コップを便器の中に落としてしまう。
痛いし、紙コップを落としてしまったし、ということで、検尿は諦めて再び夫&助産士が待つ
ロビーへ。

入院着に着替え、体重や血圧の測定をし、入院準備を進める。 
そして、内診。 助産士が進行具合をチェックする。
助:「えっ!!! だっ大丈夫ですか?  え? 本当に? 」
私:「え??」
助:「子宮口が全開大です!!! 赤ちゃんもうすぐそこにいます!!」
私:「はい。」
助:「急いで分娩室に向かいます!」

あまり状況が飲み込めていない私をよそに、助産士の顔はこわばり、明らかに緊急事態だと
分かる形相。

助:「車椅子持ってきますか?」
私:「え? 歩けます。」
助:「本当ですか? この状況で歩いていけるのですか?未だかつてそんな人はいませんが、
   本当に大丈夫ですか?」
私:「はい。 歩けます。」
助:「わかりました。 では分娩室まで。」

誘導されるまま分娩室に向かう。
6個分娩室がある中、5個は既にうまっており、最後の1つだけ、緊急用の分娩室だけが
運良く空いていた。 その分娩室に複数の助産士が一斉に集まってきた。
皆テンパッている様子。
私は病院到着から数分でアッという間に分娩台の上に乗せられ分娩姿勢。
一気にお産に入る様子。
時計をチェック。 AM9時6分。

助:「本当にビックリしました。 笑顔で現れたのでこんなに進行していると思いませんでした。」
私:「そんなに進んでましたか?」
助:「はい。子宮口が既に全開になっていてもう赤ちゃんが出て来る状況です。」
私:「ええええっ!!」
助:「このままいってしまいましょう!」
私:「はい。ここまできたらマッハで頑張ります!!!」

今から考えても良く分からないやりとりだけど、確かに私は助産士&夫にマッハでのお産を
誓い、その直後にメガ陣痛に襲われながらお産に突入した。

もはや余裕はなくなり、熱くて汗びっしょり。
夫に汗を拭いてもらい、何か飲み物を・・。 と思うが姿が視界に入らない。
あれ??? と、思っているとなり距離をとった背後から”ピロロンッ♪”と音がする。
聞き覚えのある電子音。 そう。 ビデオの電源を入れる音♪
って、おいっ!!!!
私は汗だくで、喉がカラカラで、貴方に移された喉のイガイガが苦しいのですけどぉおおおおっ!!
・・・。 これらは全て心の叫び。
実際は痛みを堪えるのに必死で言葉にならない。
必死に夫の方向を振り返ろうとするが、分娩台には深みがあり、その側面の壁でちょうど夫から
私は死角になっている様子。 多分そうだった筈。 そこで私は手を大きく上に上げて夫にアピール。
ようやく夫は私に気付き、近づいてくる。

夫:「どうした?」
私:「飲み物!」

夫がゴソゴソと取り出して持って来てくれた飲み物。 
そう、それは1.5ℓのペットボトル☆
飲めるかーーーーーーいっ!!!!
私は横になっているんじゃいっ! そして付け加えるならばメガ痛と戦っているんじゃいっ!

夫:「ストロー的な物って持ってきてる?」
私:「うううん」(首を横に振る)
夫:「じゃ、ダメだ・・・」

そして、飲み物コント終了。 夫は定位置へ。
定位置とはビデオ撮影位置のことであり、私からかなーり離れた背面側のことであって、
つまりそれは・・・

助:「今日、ご主人は撮影係ですか?」

そう。そう。それ! ”今日ご主人は撮影係ですか?” ってとっても的を得た質問だよ。
もしかして前回の出産立会いでの失敗を反省して、今回の立会いではビデオ撮影達成を
最大の目標に掲げていたのかい???
分かるよ。気持ちは分かりますよ。 前回成し得なかったことを今回クリアしようというその心意気は
立派だよ。でもね、でーーもーーねーー、そのお陰で私は喉カラカラで、過呼吸状態で手足震えて
いるのに、誰もサポートしてくれてないのよっ!!!
と、またも心の叫び。

のほほんと(傍からはそう見えたらしい)やって来た妊婦が、実は出産直前の状態であり、
これまで分娩室で何時間も苦しんでいる妊婦さんをブッち切りで追い越してお産に入る
という緊急事態のせいか、私の分娩室にいたスタッフは皆自分の持ち場で手一杯の様子だった。
バタバタバタ・・・。

私:「何か握りたいのですけど!」
助:「あ、バーを握りましょうか。」
私:「右側はありますが左がっ・・・!!」
助:「え? 誰かタオルとかっ・・」

バタバタバタ・・・。 
手足が震え、メガ陣痛が襲い、何かを掴んでそれを逃したい私は、明らかにテンパッている
スタッフや謎に撮影係に徹している夫に諦めを感じ、右手は分娩台のバーを何とか握り、
左手は、点滴のつるされている棒を握るしかなく(とても細い・・)、多分とっても変な形で
お産に臨んだ。

それからはもう言われるがままに、フーッフーッと大きな呼吸でリラックスしながら痛みを
堪えるのに精一杯で、何が何だか良くわからなかった。

助:「髪の毛が見えましたよ。」

助:「頭が卵分位見えてきましたよ。」

助:「はい。頭がでましたよ。」

助:「元気な男の子が出てきましたよ~!!」

オギャーッ オギャーッ オギャーッ オギャーッ!!!!!

私:「ありがとうございます。」

AM9時34分 (病院到着から約30分) 3364gの男の子を出産。

産まれたてのベビーを胸の上に乗せてカンガルーケアーをしつつクールダウン。
急遽総動員されたスタッフは蜘蛛の子を散らす様にさっさと次なる持ち場へと移動し、
気付けば、夫と私はポツンと分娩室に残されていた。
産後2時間は分娩台の上でクールダウンし、その後経過を見て病室へと移動する手順となっている。
他の分娩室に入っている妊婦さんをブッチ切りで追い越して出産してしまった私は
ガッツ君を胸に抱きながら、デジカメ片手に写真撮影している夫と会話。

夫:「お疲れ様。 いや、しかし。 アッという間だったね。」
私:「うん。 自分でもビックリ。」
夫:「今回は最初から最後までちゃんとビデオ撮れたよ。」
私:「うん。 知ってる。 そのお陰で私は完全放置されていたから。」
夫:「いやぁ、あの状況では何も介入できないよ。」
私:「そうですかねぇ。 汗拭くとか飲みものを差し入れるとかはできたでしょ。」

荷物置き場に夫が行き、入院前に調達した食料をおもむろに取り出す。
ふと目をやった私の視界に飛び込んできたのは、夫の手中にあるゼリー飲料。

私:「それをさっきくれればよかったのにっ!!!!」
夫:「え?これ? あっ、確かに。」


あぁ、第2子出産記も何だかコント仕様な気が・・・。



何はともあれ、全てのタイミングが運良く合致し、無事元気な子を出産できたことは
応援してくださった皆様のお陰です。
この場を借りて御礼。
ありがとうございましたっ!!!!


HARU.jpg

















二人目妊娠・出産 | 出産  | TB(1)  | CM(4) | Page Top↑
コントなお産  04/09/2008  
いよいよ臨月に入り、妊婦健診も週1になった。

明日の健診では、「バースプラン」なるものを提出しなければならなく、今作成中。

・どんなお産がしたいか
・どのようなことを希望しているか
・お産の為に心がけていることはあるか

等々、質問項目があってそれに対する回答を記入する形。


何を書こうかな~。と思いつつ、前回のお産を思い返してみた。
初産にしては、とっても安産だったみたいなんだけど、今から考えると相当ポジティブ
な妊婦だったような気がする。 怖いもの知らずというか。。



----------------- 回顧録 ----------------------

予定日は10月10日だった。
でも私は何としても9月に産みたかった。
何故なら、私自身が10月生まれだから、ベビーが10月に生れて誕生日月が同じになって
しまうと、自分の誕生日がおざなりにされてしまうことは容易に想像できたから
(注:とっても子供です・・)。
だから、何としても10月出産は避けて9月に産まなきゃッ!と妊娠発覚当初から
そればかりを考えていた。
胎教も、9月のカレンダーを見せては「この辺りで出てくると良いと思うよ~」とか
「9月生まれって素敵だと思います!」とかそんなことばかりをお腹に向かって言っていたっけ。

自己フォローになるけれど、それだけではなくて家族のスケジュールを考えても
9月出産の方がサポート体制が整い易かったというのもあったりして。

そんなこんなで切に9月出産を望んでいた上に、当時結構ハードに働いていた私は
あまりお腹を気遣うことが出来ていなくて(そもそも自分の健康管理には意識が弱い
こともあり)、常にお腹はカチンコチンに張っていて、バスケットボール状態であり、
ドクターから「安静にしてなさいっ!」と叱られ、観察入院となったという苦い経験も
あった。

兎に角妊娠期間が長く感じられて、早く産んで安心したいな。という思いが日に日に
強くなってきていた。

で、36週(臨月)に入った矢先の健診で、「計画出産をしたい」とドクターに切り出してみた。
すると、「内診をして、ベビーと母体の状態を見てみましょう」ということになり、
内診。

ドクター:「もしかすると、ちょっと刺激をしていっぱい歩いたら数日後に出産となるかも」
私:「早く産みたいので、では刺激してみてください」
ドクター:「分かりました。 ではそれで生まれればよいし、週明けになっても兆候が
      なかったら出産日をスケジューリングしましょう」

健診後帰宅すると、何だか鈍い痛みが腹部に。
整理痛の弱いバージョンといった感じかな。 
これが、ある週の木曜日の出来事。

次の日(金曜日)に夫がフリーだったので、もしもに備えて、まだ揃えていなかった
ベビー用品を買いに伊勢丹へ。
昼過ぎから車で行ったのだけど、どうも定期的に子宮が収縮しているような気がする。
「これが陣痛?」と思いながら、とりあえずお腹が張り出した時間をメモに書きとめてみる。
そのメモをみるとちょうど10分おき位に陣痛が来ている様子。
「もしかするともしかするかもよ!!」 と夫に言うと
「陣痛ってそんなに平和な感じでくるものなの?」 と夫。
確かに・・・。
全然普通にショッピングできそうな感じだわ。。

伊勢丹で色々と買い物している間も陣痛は続いており、確実にその間隔は狭まっていた。
立っていることはちょっと辛くなって、途中座りながら買い物終了。
その時点で陣痛の間隔は8分おき位。
「あたた」位の痛み。

夕飯を食べようということになり、鰻屋さんへ。
特に意味はなかったけど、精がついた感じ??

帰宅途中もずっと陣痛は続き、7分間隔位。

一向に治まらないし、間隔は短く、痛みは強くなってきているので、このまま出産なのかも
とちょっとした覚悟を決めた矢先、母より電話。

母:「体調ど~お?」
私:「うん。 なんか今日生まれるかも」
母:「えっ? そうなの?」
私:「陣痛がきているんだよねー」
母:「大丈夫なの?」
私:「また病院に行くことになったら連絡いれるね」

驚いている母をよそに電話を切る。


陣痛はちょっと強まってきていて、5~6分間隔になってきた。
これはお風呂に入っておかなきゃっ!
と、お風呂を沸かす。
夫が心配そうに「病院へ連絡いれなくてよいの?」と言う。
病院は車で数分の距離だし、出来るだけ家でリラックスしていた方が良いと思って
いた私は、 「大丈夫。 ちょっとゆっくりとお風呂に浸かってくるね~」 と呑気に答える。

お風呂に浸かっている間も陣痛は続く。

上がって時計を見るとPM10時過ぎ。

出産は、LDR(陣痛&分娩室)という部屋で行うのだけど、料金は日単位で、
AM0時~PM23時59分で1日分。
そうすると、PM11時~11時59分でも1日分の料金となる。
因みにLDRの料金は25,000円/日。
たった1時間や数10分で1日分の料金が加算されるのって何だかとっても納得がいかない私。

と言うわけで、あと2時間位家でのんびりしてから病院へ連絡をいれよう♪と決める。

それを夫に告げると、驚きというより呆れ顔。
「そういう問題か?? 本当に大丈夫なの??」
と言う夫を背に寝室へ向かう。 体力温存の為に横になってみようかな。 と思った訳で。

あたたたたたっ。 と陣痛の波の合間に数分休息。 そしてまた、あたたたたたっ。と痛みが
襲う。 最初は横になっていられたのだけど、だんだんと寝ていられなくなってきた。
のそっと起き上がり、病院へ行く準備をゆっくりと始めた。

そして、その時点で陣痛の間隔を調べてみる。
私のアバウトなカウントによると4,5分間隔。
時間はPM11時30分。
いよいよだわ! と決意を固め、病院へ電話を入れる。

夫と共に病院へ向かう。
病院駐車場で、時間をチェック。

私:「今何時?」
夫:「☆△○■・・」
私:「え?何時?12時過ぎた??」
夫:「いい加減にしろ。 何時だとか言っている場合じゃないだろ」
私:「そこは重要なポイントだもん」
夫:「大丈夫。 過ぎてるよ」

かなり小さい&セコイかもしれないけど、やっぱり数分で数万は・・・。

なんて言っている場合じゃない。
いよいよ、”いざ出産!!”だわっ。

病院にチェックインし、LDRに入る。
夫立合い分娩の登録もしていたので、夫も一緒。
病院着に着替え、助産士のチェックを受ける。
初産だからか、「明日のお昼位に産まれる感じですかね。 今晩はゆっくりと休めると
いいですね」と告げて、去って行ってしまった。

直にでも産む気でやって来た私としてはかなり納得がいかないその言葉。
その上、夫は次の日仕事で、AM6時30分に病院を出ないと間に合わないと言う。

ぎゃぼーんっ!! 
それって、あと6時間半で産まないと夫が立ち合っている意味がないっていうことじゃないのっ!!!!

「寝てなんていられないわ。」
ということで、というか、本当に眠れるような身体の感じではなかったので、
LDR内にあるアクティブチェアなるものに跨り、キコキコと漕ぎ始めた。
(アクティブチェアというのは、ロッキングチェアに背方向から跨るようなイメージのもので、
その揺れでベビーが下りてきやすくなるというもので・・)

夫は次の日仕事だったので、「寝てて良いよ~」と言ったら、本当に寝てしまった。
素直な奴。
そして何とも心優しい私。

照明をおとし、ヒーリングミュージックの流れる中で黙々とアクティブチェアをキコキコと
させているうちに、意識が遠のいてきて陣痛なのか睡魔なのか揺れなのか何が何だか
わからない状態に陥ってきた。 
痛い! 眠い! 揺れてる! 
1人孤独に暗がりの中でアクティブチェアを漕いでいる光景を客観的に見るとかなり笑えると思う。
そうそう、その上、冷房がガンガンにきいていて、とっても寒く、布団&毛布に包まりながら
キコキコしていたのだっけ。
ますますもって凄い状態。

そんな異次元空間に身をおいていた私の数メートル先で夫が寝息をたてている。
それをボーっと見ながらひたすらキコキコと漕ぐ私。
すると、夫がむくっと上半身を起こした。
「おっ、気が利くねぇ。 何かサポートしたくなったのね。」
と勝手な解釈を心の中でして盛り上がる私。 多分ちょっぴりほくそえんでいた筈。
と、次の瞬間、クルッと向きを変えて再び入眠した夫。
「寝返りうっただけかぁあああああいっ!!!!」
と、激しく1人で突っ込みを入れる私。 

で、再びキコキコ。

どの位キコキコしていたかは忘れたのだけど、次第に痛みが激しくなって色々と
苦しくなってきた頃、流石に寝ていられなくなったのか夫が起きてきた。

「大丈夫? 何か飲み物買ってくるね」 と言ってLDRを出て行った。
ドアを背にしてキコキコしていた私。
夫が戻ってきたような気配を感じたのだが、一向に部屋の中に入って来ない。
あれ? と思い、後ろを振り返ると
”チューッ!”とブリックパックを急いで吸っていた夫とバッチリと目が合う。
目を丸くして慌てふためく夫。
「あ、何飲む?」
と急ぎ足で駆け寄って来る。
きっと相当怖ろしい顔で私は振り返ったのだろう。。
しかし、この男、かなりな天然君ではなかろうか。
「まず自分から飲むんか~いっ!!」
と夫に突っ込みを入れたとか入れないとか。

そうこうしている間に大分ベビーは下がってきていよいよ分娩台に上がることになった。
時計を確認。
確かAM2時過ぎ。

BGMをヒーリングミュージックからアップテンポなR&B系にチェンジしてもらった。

どんどんと強まる痛み。 助産士に言われる通りにするのが精一杯で、ずーっと
フーフーという呼吸を続ける。

何もかもがMAX状態になった時に、突然夫がBGMをチェンジした。
これまでのアップテンポからちょっとダークな感じのCDへの突然の変更。
今お産は正にクライマックスで、ここが峠! っていうその最も重要と思われるタイミングで
何故アウトロー系にチェンジ? どうして? なんで????
にゃにゃにゃにゃ~いっ!!!!!!
と心の中で声を超特大にして叫んだ私。
でも痛みに耐えるのに必死で、フーフー呼吸をしているし、声に出してCDチェンジオーダが
出来ない。 
しかし気になるし、変えてもらわないと頑張れなさそう。
早く言わなきゃ。 このCDやだ。 やだ。 やだ~っ!!!
そして、渾身の思いで声を振り絞り
「CD変えて!!!」
と叫んだ私。
突然の出来事に驚く夫。
「え? 今何て言った??」
げっ、もう1度言うのかよ。 と半切れの私。
「だから、CD変えて~っ!!!!!!」
と再びシャウト。
「CD変えるの? え? 今?」
とテンパる夫。
そりゃそうだよね。 きっと彼はよかれと思って変えたのだろう。
ずっと同じCDじゃ飽きるよね。と思ったのだろう。 大体、LDRに持ち込んだCDは
全て私が選んだものだし、その中でなら間違えはない筈だったのだから・・。
そして、フーフーと苦しんでいる最中に、背中を擦っている自分に向かって分娩中の妻が
CDチェンジオーダをするなんて思ってもみなかっただろうし。

無事BGMはアップテンポへと戻り、お産は架橋に入った。
時計を確認。
AM4時30分。

それからは早かったような気がする。
助産士の合図で何度かイキみ、頭が出てきたのでリラックスしてと言われ、
ベビー無事誕生!!
AM6時32分

素晴らしいっ! 目標通り。 何て良い子なんだろう。

おぎゃーおぎゃーと声をあげているベビーを私の顔の所まで連れてきてくれた。
「あ、ガッツだ・・」
と第一声を発した私。 それが我が子初のビデオに入った私の初肉声。

無事出会えたことに感謝して、安心して、感動して、夫と2人で涙を流した。
とっても素晴らしい瞬間だった。



その後、私は2時間程LDRでクールダウンし、病室へ。
一息ついて携帯を見ると夫よりメール。

普段口数は少なく、あまり感情の起伏のない夫が大興奮した様子や本当に感動している様子が
とても良く伝わってくるメールに私もウルっともらい泣き。
素敵なメールだったのだけど、オチがあった・・。
「最後に1つ謝らなければならないことが・・。 ビデオをセットするタイミングを逃して
しまって、撮り始めたのは産まれた後になってしまったよ。 ごめんね。」

なぬ~っ!! 出産シーンをビデオにおさめようと、わざわざ買い換えた位なのに。。。

まずは確認。と、ビデオをチェックしてみた。

本当だ・・。
ベビーの「おぎゃー」って声から始まり、私の「ガッツだ・・」で終わっている。
私の頑張りが全く撮影されていない。
ひょええええっ! 



といった感じの突っ込みどころ満載な初産だったのでした。

チャンチャンッ♪





















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